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記憶を頼りに書く・BRM609宇都宮600km

今回のブルベは夜スタート

前日までに穴だらけの後輪タイヤを新しいのに交換。空気圧が低い状態で長距離を走ったため後輪ホイールにフレが出ていたので修正。フレ取りは初めてだったが、やってみたらわりと上手くできた。

当日は仕事であり、少し早引きして早めにスタート地点に到着し仮眠する予定が、ブルベの準備に手間取り1時間ほどしか仮眠時間が取れなかった。前日までに準備できなかった俺のミス。輪行も快速を使用したため、電車内が混んでおり輪行袋を立てかけられず、つり革につかまりながら支えていたので疲れた。グリーン車なり特急なり新幹線なり使えばよかった。もしくは先に家で仮眠して、ギリギリの時間に行くか。

前回宇都宮ブルベでは帰宅時に宇都宮駅だったので今回は鹿沼駅まで行ってみた。鹿沼駅から走り出したら、曇り時々小雨。宇都宮ブルベの集合場所は山中にあるので行くだけでけっこう大変。真っ暗闇の中、宇都宮森林公園に到着。前回来たときに東屋の位置を把握していたため、そこでシュラフにくるまり仮眠。しかし、時々横道を通る車の音もあり、1時間ではほとんど眠れない。今回会うのは2度目になるおいちゃんさんと少々話しスタート。輪行で疲れているからか、夜だからか、いまいちスピードが出ない。CP1に着く前あたりで雨が降り始め、かなり強く降ってきたので屋根付きバス停に退避し雨具を装備。その辺りで経験済みの違和感を左膝に感じだすが、ずぶ濡れになりつつCP1到着。

雨脚が強いため多くの参加者が雨宿りしていた。自分はあまり気にしないので、雨の中おいちゃんさんとスタート。徐々に膝の違和感が痛みにに変わってきたので、「痛み止め飲みます!」と、おいちゃんさんと別れ、エログッズ販売用の小屋に避難して痛み止めを飲む。左膝は一週間前にやってしまった箇所であり、今回も痛みが出ることは予想してはいたのだが、せっかく休みを取れたことだし、また2日程で痛みが無くなっていたため楽観していたのだがそうは問屋が卸さないようだ。

膝の痛みと相談しつつ、ゆっくりと進むとMTBの参加者に追いついた。自転車を見てみると、バーエンドバー用のブレーキ補助部品という珍しいものを付けている。これは、便利そうなので以前に捜してみたことがあったが、見つからなかったものだ。いいなあと思いつつ抜く。CP2に付くまでには膝の痛みが本格的になってきており、持参してきていた痛み止めをもう一回飲んだが、全然効かない。痛み止めは2回分しか持ってきておらず、これで打ち止め。CP2にてDNFを考えたが、某手段により痛み止めGet!(詳細は伏せるべきかもしれないので一応伏せておく)。さっそく1錠飲む。

その間、おいちゃんさん達3人組がスタートして行ったり、先ほどのMTBの方が着いたと思ったら、自転車にまたがったまま補給食を食べてスタートしていった。このMTBの方がへばなさんで凄い人だった。膝が痛くてスピードが出せない俺よりも遅いのに、走行中にもCPでも殆ど休憩を取らずに黙々と進み、ついには完走した模様。こういう走り方というか戦略もあるのだなと感心。CP2〜CP3間では何度もへばな氏においつきかけているのだが、やれ雨が上がったからレインコート邪魔だなと立ち止まり、やれチェーンがギシギシするから油を差そうと立ち止まり、また膝が痛いな腹減ったなと立ち止まり、けっきょくCP3まで追いつけなかった。それ以降のCPでは痛みのため長く休憩を取っていたため、二度と背中を見ることはなかった。

薬の効果と、腸脛靭帯炎の痛みへのつきあい方

さてCP2でGetした薬(ロキソニン)の件だが、効果は絶大だった。15分ほどは痛みが変わらなかったけど、それ以降はCP3まで完全に痛みが消えた。一片も痛みが無い。自分の体なのに非常に不思議な感覚。ただし、痛みはなくなっても強く踏み込むことへは恐怖感があったのでいつもよりは軽くペダルを回していたため、たいして速さは変わらない。

CP3からは薬が切れ始め、たまに痛み出すようになるが基本的には痛みは無し。PQ(CP3.5?)の休憩中に薬が切れてしまった。着いたときは普通に歩けたのに、痛みが突然復活して左を引きずるように歩くようになってしまった。次の一錠を飲むかどうか迷ったが、まだ次の薬を飲むべき時間ではないため、そのままスタート。登り基調なのでダメだったら引き返してDNFしようと思いつつ、激痛で笑うしかない状態で漕いでいると、暫くして痛みが消えた。しかし停止すると元に戻ってしまい、また数分間は激痛を耐えないと痛みが消えない状態。脚を動かし続ければなんとかなるらしい。脳内麻薬の効果なんだろうか?と思ったが、沼津のときはそんなことはなかったのでこれも薬の効果の一部のようだ。

クリートをペダルから外すときは特に激痛が走るポイントで気を遣った。外せるポイントは上死点のみ。それ以外のポイントでクリートを外すと激痛が走る。おそらくここが一番膝にやさしくクリートを外せるポイントなのだろう。

また地面に左足をつくときはなるべくソフトに着地すること。ガタンと着地すると当然のごとく激痛が走る。

つまり走り始めを我慢して、上の2点に気をつければなんとか走り続けられることがわかってきた。とはいえペダルを回せるだけで、脚に力を込めることは本能的に怖くてできない。だから、クロスバイクのワイドレシオなギア比にも助けられたのだと思う。でなければ15%の国道なんて登れるわけもなく。

その後〜DNF

膝の痛みと付き合いつつ、眠気を我慢しつつ、しかし風景は素晴らしい中を走行。雨上がりの福島の山々はは緑が生き生きとしている。CP3〜PQではあまりの眠さにずっと歌いながらの走行。たまたま途中で東屋を見つけたためベンチで少々仮眠。PQ〜CP4の激坂地帯は、前後から車が来ないことを確認した場合のみ、ジグザグに登って少しでも斜度を少なくした。CP4でも少し寝たように思う。CP4〜SP間の信号停止時に上死点以外でクリートを外してしまい、久しぶりの激痛が突き抜けて動けなくなる。ガードレールにつかまり、信号を数回見送った後におそるおそる走り出したりした。ペダルを回してさえいれば痛みも徐々に消えてくる。近くに鉄道があるわけでもなく、どうせここではリタイアできないのであきらめて進むしかないのだ。SPで頂いたバナナは旨かった。

CP2以降はおいちゃんさんたち3人組と路上やCPですれ違うことがあったが、こちらの事情は知っていてなおかつ放っておいてくれるのが助かる。こっちは好きで無理しているわけで、足を引っ張ることになってしまっては心苦しいから。

山中を抜け、国道沿いになると、折り返しCPが近いようで遠い。曲がるポイントが多いわりには、真っ暗になっているので慎重に迷わないように進む。時々折り返してくる参加者がいると、迷ってないのだなと安心。CP5に近づくにつれてDNFする気持ちが強くなってくる。PC4到着後に少しだけ悩んだが、夜間走行・CP閉鎖時間までの貯金が30分に減少したこと・これから先の登り基調・膝の痛み・そしてなによりも目の前の健康ランドでの風呂と睡眠の誘惑に勝てず今回のブルベはDNF。訂正:今回のブルベ「も」DNF。600kmブルベのリタイヤは3回目だし。仮眠していた参加者が出発するのを見送り、そしてスタッフのI氏とB氏が出発するのを見送る。

DNF後

ブルベのリタイア後はいつも思うのだけど、電車に乗っていたり風呂に入ったり寝て目覚めたあとでも、そのときにまだ走っている方がいる!と思うと不思議な感じがする。

DNF後はまず近くのスーパーで買った夕食を食いまくり、ちょっと不安だけど健康ランドの駐車場の金網に自転車をワイヤーロックし、まだ走っている方には悪いけど風呂を堪能♪ 仮眠するが2時間ほどで目が覚めてしまう。時間がまだ早すぎるので寝直すがやはり2時間程で目覚めてしまう。それ以上眠れそうにないが、2Fにあった漫画を読む気分でも無い。何もせずボーッとしていても仕方が無いので夜が明けきらないうちに出発。驚いたことに膝の痛みは無くなっていた。伊達駅につくと始発まで時間たっぷりだったので、新幹線の停まる福島駅まで走行したらけっこう遠かった。

輪行袋へ自転車を詰めて待っていると、始発の特急が停車したのに改札が開かない。駅員さんに尋ねてみると、到着したのは寝台特急であり普通は途中乗車する客がいないから改札を開けないということ。特急料金と寝台料金で1万越えるとか知らなかった。おとなしく始発の新幹線で帰宅。当然だけど、スタート前に乗ってきた快速電車とは天と地の差。最後尾の座席と壁の間に自転車を置くスペースがあるし。爆睡しつつ、でも寝過ごさないよう気をつけた。無事帰宅。

腸脛靭帯炎のまま約250km走ってしまったが、その間薬で痛みを抑えてはいたものの「炎症している靱帯と骨とをこすり合わせ続けて炎症を拡大」していたわけで、愚かにも程がある・・・ 靱帯がすり切れなくて良かった。よい子はマネしないように。

今回わかったこと
記2007/01/11 更新2007/01/14
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